2008年02月11日

節気

やあやあ。お久しぶり。
みんな元気だったかい?俺はそうでもなかったよ。

特に書くこともないんですが、
曲詰めたり作文書いたり引越しの準備したりで
色々とフラストレーション溜まったから日記に書くことにしたよ。

どうだい、みんな最近。

元気にやってるのかい?
俺の事忘れてたりなんか・・・しない・・・よね・・・?
まぁ俺のことなんか忘れてくれてもいいよ。

実際覚えていてほしい人ってそんなにいないんだ。

また名前出すと「俺は?」「俺は?」ってなるかもしれんし、
もしその中に俺が意図して外した奴がいたら微妙だからやめとく。

とりあえず今日から一年前までに飲みに行った人たちは
俺側はセーフだ。君たちにどう思われてるかはわからんがね。


えーとね、
実はまた最近ちょっと前の鬱が出てきかけてるんだわね。


今回は前ほどしんどくはないんだがきついわね。

あ、ここで「嘘乙」ってなった人は
これから下は気分を害すだろうから読まないの推奨。
まぁ俺が大嘘吐きだというのは知ってるだろうしなw



そんで発端っていうのか、
まだはっきりと症状が出てるわけじゃないから微妙ではあるんだけど、
また鏡面自己なんたらかもしれません。

この前さー某出版社2つに作文を3つほど送ったわけだよ。
ここにはあげてないけど、まああれだ。
俺としてはかなりの傑作のつもりだったわけだ。
半年ぐらいかけてたしさ。

まぁ今思えばたったの半年なんだけどね。

それがぽつーんと三次選考で落ちましたってメールが同時にね。
おとといね。来てね。あれだね。もうね。
ガーンですわね。

いやいやもちろんあれよ?
俺はほんとのほんとに、自分には才能はないと思ってるよ?
曲書くにしろ作文書くにしろ全くなんかこう、魅力がない。

それは自分でもわかってるし変に慰められるのも恥ずかしいから、
優しいメールとか準備してる人は俺の自尊心のためにも、
頼むから自重してくれ。

俺は真性のかまってちゃんではあるんだけど、
ここは俺のもうすっごい僅かなプライドの頂点なんだよ。
ここだけはせめて触らんでおいてやってくれ。

あ、作品に対してあれこれ言ってくれるのは構わないよ。
勘違いしないでおくれ。

俺が嫌なのは
「きっと次は大丈夫です!ワタシ、ddさんの書く文大好きです!」
「その出版社が見る目ないんだよ、俺はずっと応援してるぜ」
とかいう、こう無批判な慰めね。

そう、そんでそん時にもう色々ふっきれちゃってさー
死にたい病が発動しなかったからまだ良かったけど、
またあいつの声が聞こえるんですよね。

多少成長したからなのか生きる力が弱まってきてるのか、
どっちかはわからんけども冷静に対処は出来てる。
今日カナたん(アニ研の副部長)と飯食っててもスルー出来た。

たぶん単位やら就職やら引越しやら
色んなプレッシャーが効いたんですかね。
もうビールがぶ飲みです。ええ。また太ったでしょう。

酔っぱらうと俺の声はもう聞こえないから安心して眠れるんだけど、
逆に言えば酔ってないと色々うるさいからね。
呑まなきゃいかんのでしょう。

だから継続的にビール飲んでます。
今日昼に起きて500飲んで、カナたんと飯食いにいって5?杯ぐらい
で帰ってきて焼酎2本あけて、で今500の淡麗3本目ちびちび。
どうみても病気です。本当に(ry

金が減っていくのう。
どんどん減っていくのう。


一人暮らし向いてないかもしれんなーと最近思うんですよ。
ろくに掃除もしないわ、ろくに学校にも行かんわ、
ろくに飯も食わんわね。
その癖ばーちゃんの脛かじって大学ギリギリ行かせてもらってながら
留年?みたいなね。
そんでまぁ金にもならん作文必死に書いて、
落とされて泣き言言って、
魅力のかけらもないパクリもどきの曲書いて、

これがダメ人間じゃなくてなんだというのだ?
もうほんと、昔付き合ってくれた女の人達に土下座して謝りたい。
「大事な時間潰してすんませんでしたー」って


ほんとだめだわー
誰か俺を引きずりだしてやってよ。
構ってやってよ。面倒だろうけどさ。

どーーーしようもねえんだ。これ。

人に触れていたいよ
名前を呼んでくれよ
誰もいなくて一人なら
こんな歌を歌う俺の生きる意味



posted by dd at 05:25| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月07日

ケータイ

二年ぶりに変えてみた。
あれね、最近のケータイって薄いのね。

というか別にケータイ変えようという気は
さらさらなかったんだけど、
昨日雪ん中コンビニまで行ったら見事に頭からずっこけまして。
完全にイってしまったわけです。


後藤君には是非気をつけてもらいたいね。


これがなんて奴なのかわからんぐらいです。
PなのかNなのかとかね。70いくつとか全然わからん。

電話とネットとメールできりゃ何でもいいんですけどね。
ただ実際サウンドレコーダーがなくなったのはかなり痛い。
これで鼻歌で曲書くことがさらに出来なくなってしまった。

さて、
久々にテレビつけたら、
なんかの番組で喫茶マウンテン出てたよ。

いやぁ懐かしいね。
っていうか3回ぐらいしか言ったことないけどな。


おお振りの9巻ようやく買いました。
とある縁の伯父さんに大吟醸の酒を譲ってもらいました。

こうやって書くと俺の1日がどれだけ無味乾燥かわかりますね。
これでもかなりイベントがあった日なんですよ?

どうやらうちの学校の試験は普通のひとたちよりも
結構速いようで。あ、でもKOは同じぐらいか。
みんなこれからテストとか結構あるようですな。
まぁがんばれ。つーか君等は留年の危険とかないんだからいいだろ。




さくぶんがおわりません
じつはあんまりおわらせるきもありません

こっそりいっせいくんのきかくのそうこうがたのしみだったりします
posted by dd at 19:18| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月05日

これこそまさにアジャルータww

何をどこでどうすればいいのか

そんなものわかる人間はいない

今までもいなかったしこれからもいないだろう

でも

何がどこでどうなったのかを学んで

これから

何をどこでどうすればいいのか を知ろうとすることは

人間の義務なんじゃないだろうか

其れを知ろうとしないなんて

それだけで生の無駄遣いだ

俺が堕落して生きている一日が

誰かの行きたかった一日だ?

なめんな馬鹿が

そいつが生きようと思うなら

親の肉を食おうが他人の金を盗もうが

虫を食おうが誰かの血を飲もうが

生きられるだろう!

生きなかったって言うだけで

そいつはそこで終わりだよ

意味なんかひとつもない

そいつの存在にな


だから俺は今メメントモリを書いてる


書き終わったら俺は死ねる
posted by dd at 00:14| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月02日

メメントモリ(ex)

総二郎はしゃがみこんで蛙をじいっと見つめていた。
蛙がぴょこりと飛んだので総二郎も釣られてぴょいと飛んでみた。
すると蛙はもう一度ぴょいぴょいと飛んだ。なので総二郎もぴょいぴょいと飛んだ。蛙が畦道の逆方向へとぴょいぴょいぴょい、と器用に飛んでいくので総二郎も負けじとやってみようとしたら、草鞋の端が草に取られてつまずいてしまった。総二郎が立ち上がりながら服のほこりを落とすと、両の掌に赤黒い血がべったりとついていた。どこかすりむいたかもなぁと総二郎はぼんやり思ったが、別段どこも体でいたいところがないので放っておくことにした。また総二郎はちらと蛙を探したが泥に沈んでしまったのか見つからなかったので諦めて家に帰ることにした。「ただいまぁ。」と総二郎が言うとオッカアが前掛けをして出てきて飛び上がるみたいに驚いてこう言った。「アホゥ、あんた。何をしたらそんな阿呆な事になるのかわからん。この馬鹿ちんが。」そして総二郎の頭をぽかりとひとつやった。「なにも悪いことしとりゃあせんが」むきになって総二郎は言ったがオッカアはどの口がいっとるかこのタワケがと言ってもう一つよぶんにぽかりを重ねた。「いいから早よう外に行って洗ってきぃこのアホタレが。服う真っ白にしてくるまで上がらせえせんでな。」オッカアは鬼も裸足で逃げ出すぐらい真っ赤に怒ってそうやって言った。そこでふと総二郎が服に目をやると、そこにはぺったんこになって腹から何本か管が出ている蛙が張り付いていた。「あちゃあ。」と総二郎は言った。蛙が見つからなかったのはここにいたからなのか、と思った。オッカアに玄関を追い出されて総二郎は庭まで小走りに行った。総二郎はまず庭の脇の水道で服を洗おうと思って服を脱いだ。汗がびったりついていて脱ぎにくかったが、脱いでしまえばそろりそろりの風がちょっとだけ気持ち良かったりもした。蛇口をひねってざぶざぶと桶の中で服を揉みこむと、見る見るうちに桶の中の水が薄い赤の朝顔みたいな色になって、蛙がぺろりとはがれた。総二郎はトヨが持っている蛙の玩具にしてやろうとおもった。こぼれている管を丁寧にしまって、前足と後ろ足のねばねばしたえらでくっつけてそれから尻の穴からふうっと空気を入れた。玩具のようにまん丸にはならなかったが総二郎は満足して縁側にまわって居間に入った。「おい、トヨ。」と総二郎が言うとトヨは「なぁに。」と言った。総二郎はうしろで隠していた蛙をさっと出して「これやる。兄ちゃんがつくったんだぞ。」と言ってにかっと笑った。すると急にトヨは泣き出してオッカアが飛んでやってきて総二郎はまたひとつぽかりをやられた。オッカアはかんかんで「よぶんな事しとらんでさっさと真っ白にしてこんか。またよぶんなことしよると、夕飯なしだでなあ。」と叫んだ。みっつもぽかりをやられたのは久しぶりで総二郎もむっとしたけれど、夕飯抜きの方がいやだったのでしぶしぶ裏へまわった。総二郎は半べそでちくしょうちくしょうと、オッカアの顔を浮かべながら何回もごしごし服をこすった。そのうちに服もきれいになってだんだん水も透明なままになってきた。外は夕暮れもぽっかり落ちかかっていたから総二郎は少し寒かった。しようがないのでその蛙の服をえいしょえいしょと着てみたものの、総二郎は何だか余計寒くなったような気がした。濡れたまま家に入るとまたオッカアのぽかりをもらうのは総二郎にもわかっていたので、またしようがなく庭をぷらぷらした。数十分歩いていると、日もとっぷりくれてますます寒くなってきた。風が吹かないところで待とうと総二郎は思って、どすんと縁側に腰かけた。するとくちゅとまた変な音がして総二郎はズボンの尻の中に蛙を入れたままだったのを思い出した。それでもしようがないのでズボンを脱いだ。総二郎はパンツに蛙がついているかどうかみようとしたが、どうもうまく塩梅が聞かないのでパンツも脱いだ。もういっかい蛇口をひねって同じようにじゃぶじゃぶしていると素っ頓狂な声で景ニイが言った。「おまえそんな恰好で何をしとるんだ。」少し震えながら総二郎は今までのいきさつを景ニイに話したら、景ニイは「阿呆だが。阿呆だが。」とじたばたしながら涙目になって笑った。「へそが茶を沸かすっていうんはこういうこと言うんだら」とも言ったけれど、総二郎は意味が判らなかった。でも景ニイはひととおり笑った後、総二郎の洗濯を手伝ってくれた。景ニイは中学生で力が強いので、ものの十分ぐらいでズボンとパンツをきれいにしてしまった。そこで総二郎が震えているのを見つけて景ニイが「なにい。おまえ。なんで震えとんのだ」と言って総二郎の肩を触った。景ニイは濡れているのが判ると「たわけが。風邪ひくぞ。」といってぽかりとしようとした。けれどすぐに総二郎は「今日はもうみっつもオッカアにもらったでもういらんわ。」ともうトヨよりちびっこみたいに甘えた。すると景ニイはふうとため息をついて、総二郎の服を脱がせた。そしてそれを物干しにひっかけて、外套の上を脱いで総二郎にかぶせて二人で縁側に腰けた。外套はほのかに景ニイのぬくもりが残っていて総二郎はぽかぽかした気分になった。まだ小学生の総二郎にはぶかぶかで格好がつかないけれど、すっぽりとおさまっているのも何だか気持ちが良かった。「そういやお前、蛙どこに置いた。」と景ニイが言った。「あそこ。」と総二郎は庭の花壇の端を指差すと、「おみゃあホンマもんのタワケだなあ。あんなとこ置いとったらまた叱られても知らんぞ。」と景ニイはあきれたように言って、縁側から立ち上がった。そしてそれを拾うと、下を向いてぼそっと言った。「蛙なんてぺちゃんこになってもまだ笑えるのお。」「笑ええせんわ。そいつのせいで今日オッカアに何発やられたと思っとるんだ。」総二郎はぬくぬくしながらそう言ったが、景ニイは何にも云わないまま声を出さずに笑った。
景ニイが中学校の屋上から飛び降りたのは、その次の次の日だった。




 読者は針の穴を以てして小説と云う物を読み、目を皿にしてどこかに誤謬の類は無いかと探そうとする。其れから如何にして逃げ、裏切り、叫び、繋げるかと云うのが小説の真髄のまた一つである。と云うのが逍遥先生の論旨であったように思う。だがどうだろう。僕は書けただろうか。諸兄らの目から逃げ、裏切り、叫び、繋げただろうか。否。これには繋ぎが足りない。こういう文を、駄作というのだ。ああ恨めしい恨めしい。迫りくる一般が恐ろしくて堪らぬ。社会も富も名声も怖くて仕様がない。意識せずとも僕はもう既にその輪廻に掴まっておるのやも知れぬ、なんという不徳!何という!嗚呼何という無様な!僕は今日ほど僕を醜いと思った事はない。きっとあるだろうが、僕は今其れに嘘を吐く。僕の遥かな遺書は終わるのだろうか。其れすらも到達できねば僕の生の価値など其れこそ無意味なものだ。荒唐無稽にして雑苦罵乱。未完の筆致になど成れぬ。ああ恨めしい。
posted by dd at 07:05| Comment(2) | TrackBack(0) | 自作プロット | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

違うんだって

そうじゃなくてさ、
もっとあるだろ考え方が。

どうして単元的な見方しかできないんだ

そっちじゃなくてフォロウをもっと繋げていくだけだろう

日本語もまともに話せないようじゃ対話ができんぞ


こういうとき楽なのは
音楽だったりするよ
俺がそうするように
みんな素直にうまいやつには頷いてすごいやつには従うだろうに


ああもう
ブラフマン アートマン インド哲学 でググれ
っていうかググんなくても常識だろうがこの馬鹿

いい加減メール送んな
俺は頭が悪いんだ、貴様らに教えてるより勉強しなきゃならんのだ
posted by dd at 02:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月01日

例えばだよ

俺が今生きているという状態と
俺が今死んでいるという状態と

どっちが意味のあることなのかな

言っておくけど
意味のない事はこの世に全く必要ないものだからね
一厘も必要ない

くだらない自己満足でもいいじゃないか
自分の精神の確立に一役買っているって言うだけで
それは少なくとも自分にとって何かの剛体に成り得るだろ

もし
他人に迷惑をかけるという行為が
その生の価値だったとしたら

その生を君たちは享受して歓迎できるんだろうか?
「死んだら何にもならないよ!」って今まで通り綺麗な顔で
言い放てるんだろうか?
「生きていればいいことあるよ」って死ねと思いながら言えるんだろうか?

どうなんだ


俺だったらそんな奴に「早く死ね」と言ってやれる気がする

連綿とした社会の中で
他人にあたかも塵とか屑のようにあしらわれて
そんなんじゃ生って輝くはずないもの

というか、
そもそも生ってなんでそんなに大事なもの?

なんで大事なもの?
一つしかないってだけなら他にもいくらでもあるじゃないか
それは全部大事なものなの?
さりとて、絶対数に余裕がある事象は全部いらないものなの?
歴史とか文学とか芸術とか文化とか友人とか愛情とか
ここらへんは華麗にスルーすべきものなの?


誰か教えてくれないかなぁ

もしかして、
こういう悩み事態すでに君たちにとったら意味がないものなのかい?


そりゃあ困った




というのが次の作品のコンテクスト。
今書けるのそれぐらいしかないや。
posted by dd at 20:20| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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